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大雷音寺日記ログです。
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ベルスターは変身前の女優が演じてるので安心だね。


バトルフィーバーのミス・アメリカはたまに男が演ってるので油断ならん。

それはともかく。


月曜は体調不良が何人か発生して、むなしい休みの延長をしていた。
予言どおりになっちまったヨ。
後ろの席のデザイナー達は全滅してて打ち合わせもできん。
わしも休めばよかった。

そのかわり少し早く帰宅できた。
飯食ったの9時だけどな。

昔々の特撮版グリッドマンの放映当時の事ですがな。
日本の個人用パソコン所有率はなんと11%しかなかったそうで。
その頃、わしは国産パソコン数台持ってて部屋が電子の要塞となっていたのだが。
グリッドマンでは、送電線を伝わって電子怪獣が機械に侵入しておりました。

実は送電線を使ったネットワークというのは、技術的には可能で研究されていたのだ。
だがセキュリティだだ漏れで実用に耐えないのが発覚して消え失せた。
送電線なら工事もなく国内どこでも通信できるのに、残念ですな。

昔の通信はアナログモデムを使ってアナログ回線でやっていた。
クソ遅くて通信費もクソ高い。
NNTの独占のせいで、世界から10年遅れてると言われてましたわ。

わしはエロ画像をゲットするためにモデムを買った。
ん、何かおかしいかね?

ある日わしは通信費の安い深夜に、モデムでエロ絵描きの草の根ネットに入ってみた。
はずが……。
「もしもし?」
と、男の声でパソコンから声がした。

「ギャーッ!!」
線引っこ抜いて切ったわ。
どうやらただの電話に繋がったらしい。
夜中に悪い事した。

今では通信なんて当たり前になっているが、昔は妙な偏見があってパソコン通信は暗いと言われていたのだ。
暗いと言う根拠がわからん。
以上、苦し紛れの昔話。








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ユンカース・カム・ヒアというアニメ、名前だけしか知らなかったが犬が出てくるやつだったのか。
わしはてっきりユンカーズF2でも出てくるのかと。

by.マッハバロン。


わが三鷹駅ではエキナカ商店が充実しているが、駅なんか一分一秒でも離れたいのでそんなもん利用しない。
かつてとある店で食中毒もらったしな。

そのような三鷹駅も、昭和40年台はこんなカンジ。


実に味わい深い。
三枚目の駅前歩道橋は昭和60年代まではあったと思う。
昔は駅前に立ち食いそば屋が4軒くらいあったんだが、今はエキナカに1軒残すのみ。

そして今では信じられんが、だだっ広い無料自転車駐輪場が3箇所くらいあったのだ。
無料と言ってもわしらの税金で管理されてたのだが。
よく空気抜かれたりミラー盗まれたりしたわ。
だが、いつしか駐輪場はなくなって、ビルがおっ立っておった。


かようなどうでもいいノスタルジーだけではなんなので、バイオハザードのパンツァーショットでも貼ろう。

誰のPan2かわかるであろうか。










仮面ライダー。



大きな栗の木の下でちゅう唱歌を仕事で調べていたら、微妙にエロいイラスト発見。


幼児向けの絵でこんなん描けるなんてうらやましい、と思ったらコレ以外の唱歌絵はエロくない。
つーコトで大昔話です。

世がデジタル化する前のことじゃ。
何もかも手書きの世界。

雑誌のレイアウトなども、まず雷鳥上質紙に原稿サイズの寸法取って定規で線を引き、写真の入るエリアには暗室でフィルムを投影する機械を使って手書きで印刷用のアタリを取っていた。
文章以外のサブタイなどの文字は手書きレタリング。
色は色鉛筆で荒く塗って文字で色指定。
金赤ベタはよく活躍した。

そのようなアナログデザインの会社にいたわし。
絵本のレイアウトやアニメのコミカライズの下書きをよくやったわ。
幼児向けの絵は、当時は上のようなエロいキャラは描けん。
よって、差し障りのない無味な絵をよく描かされたモンです。

役所の交通安全絵本の仕事の時。
元になる文章の原稿を渡されるのだが、アホが書いた文でしてな。

「お子さんと手をつなぐのではなく、手首をつかんで逃げられないようにしましょう」
とか、
「お子さんが道路に飛び出すと、車にぶつかってケガをしたり死んだりするので気をつけましょう」
などとしれっと書いてあってな。
そんなのに挿絵を描かされるのは苦痛であった。

かようなアナログレイアウターの世界も、デスクトップレイアウトが主流になった後、たぶん絶滅した。
わしのいた会社、20世紀で消えておった。










昔こんなパソがあったなぁ。

危うく買うトコだった。


今宵はかなりどうでもいい昔話にござる。

かつて存在していたゲームメーカー、アイジーエス。
今あるアイジーエスは別物ね。

ここは五反田のマンションの一室に開発室を持ち、若かりし日のわしはそこに勤務しておった。

ある日の夜ブッチョサンが、会社に残ってた何名か引き連れて飲み屋に連れてってくれた。
地元の安い外国人バーにな。

同僚Sはマリオがやせたような風貌の男。
やつを見るなり「ハハハ、ルイージ!!」とイタリア人らしきねーちゃんが喜んでおった。
帰るまで喜んでいた。

ルイージはその後、天安門事件直後の中国に出張に行かされて100元で地元のいやこれは前にやったな。

わしが辞めた後のルイージの消息は不明。
つーかわしアイジーエス時代の同僚、今では一人も知らん。
ブッチョサンは海外のジャングルで行方不明とか聞いたし。

本家ルイージ氏。スマブラ新作ではとうとうおなくなりに。


オマケ。スマブラのパルテナ様のP。











誘拐と言えどOPI鷲掴みは避けるコシカケマン氏。



昔昔大昔、わしが小学生の頃。
ムーで有名な学研から子供向けの学習誌が発売されてたのだが、高齢者ならば知っていよう。
科学と学習である。


小学館の学習雑誌とは路線の違う本で、主に理系数系の内容であった。
そして付録が豪華なのでわしは買い続けていた。

↓ココに付録ギャラリーがあるど。
https://www.gakken.co.jp/campaign/70th/

コレは一般販売ではなく、ヤクルトみたいにおばちゃんが学校に売りに来るのだ。
だが、東京サイタマでは当たり前のように販路があった科学と学習も……。

わしが小5の時に人外の異界伊東に引っ越した時。
あまりの僻地で教育者も学研に協力的ではなかった為に科学と学習は販売されていなかった。
教師に聞いてもそんなもの知らん売らんと言う。
ここでわしの科学と学習の歴史はぷつりと途絶える。

どうやら10年前に廃刊になったらしいな。
21世紀まで販売してたとは。
しかし……知らん間にずいぶんとカオスになっておったようだ。

1996/3月号「6年の科学」の付録動画。


狂気しか感じねぇ。











闇落ちスーパーガール。銀とはな。

後ろにいるのは八九寺とダンバインです。

実は夏休み取れた。
げっちょから3日間。
スマホゲーは自転車操業なので休み取るのがじつに難しい。
去年も飛び飛び休みだったらしい。覚えてないけど。

ちょうど一ヶ月くらい前。
同僚の敏腕プログラマが突如入院。
検査したらヤバかったので入院します、というドライな勤怠メールとともに。
入院先で仕事できないっすかねぇ、などという連絡も届いた。
そりゃムチャでんがな。

それで思い出したのだが、日本テレネッツ時代。
わしが入社する前の事だが、やはり敏腕プログラマが倒れて入院してしまった。
すると社長と重役達は、何を思ったかパソゲー開発機材一式を入院先に持ってきて言った。
「さぁ仕事しろ!」
激バカである。

医者は激怒。
「おまえら患者を殺す気かッ!!!」

機材持って重役達は病院から退散。
訴えていいレベルの案件だが、笑い話となって語り継がれていた。
ウルフチーム社長の未遂事件とならんでテレネッツの怪だな。










仕事でかもめを描いたんじゃが、ネットでかもめを検索すると昔の映画の記憶が蘇ってきた。
ちゅうコトで微妙に昔話だす。

かもめのジョナサンちゅう映画があるでっしゃろ。
中二病のかもめが主演のどうぶつ映画。

じつは数10年の間、わしは胸糞悪いエロ映画と勘違いしておった。
怒る紳士ジョナサン

わしがガキの頃、新聞のTV欄にかもめのジョナサンがあったので視聴したのだ。
が、内容は糞男2人がとっかえひっかえ女捕まえたりスワッピングしたり、最後は娼婦にポコポコをいじくられてイキそうな顔アップでホワイトアウトしておしまい。お口あんぐり。

「これがかもめのジョナサンか……」

かもめと言うのは、浮ついた主人公ジョナサンに対する比喩だったのだろう、と思った。
そのまま勘違いしたままでインターネッツの時代を迎える。
そしてあの時見た映画を検索するも、かもめのジョナサンで調べても全然別なモンが引っかかるのだ。

かもめの話?
なんじゃそりゃ?

どうやら、ガキの頃のわしはTV欄の煽り文句に騙されたと思われる。
わしが見たのは「愛の狩人」だった。
主人公はジョナサン(ジャック・ニコルソン)だが、かもめと何も関係ないではないか。

ジャック・ニコルソンとキャロル・ケインが「さらば冬のかもめ」に出演したくらいしかかもめに縁がない。
もはや確かめようもないが、TV欄はうまい事ジョナサンとかもめに絡めた記事だったんじゃろう。

だが本物のかもめのジョナサンを見る気はない。
あまりのアレぶりに映像ソフトないし、小説はなんかアレだし。










大昔。
版権モノに頼ってもファミコンに蹴散らされたバンダイのゲーム機がありましてな。


RX-78という、最重要IPにキズを付けただけのパソもこの後発売されるのだった。


それはともかく。

会社は死屍累々であった。
いや、体壊して休む人が多くてね。
学級閉鎖レベルでヤバい。
わしが休んでも問題なかった。

ところで元サンクス現ファミマのハムカツ食ったら、うまかったです。


セブンイレブンのチキン食うと身震いするほどアブラ切れてないのとは対照的に。
ちゅうコトでちょびっとコンビニネタ行ってみますわ。

わしが上京してきた数10年前。
住まいの近所のコンビニがファミマだったのだが、それまで原始世界伊東に住んでいた者にとってコンビニとはセブンイレブンの事であった。

静岡県伊東市。


伊東にはコンビニなどない。当時は。
わしは数年間、ファミマをセブンイレブンと思っていたのだが、ある日看板を見て「アレ?名前違うやん」とやっと気づいた。
アホかい。

コンニャク1枚だけ買った時は何をするかバレバレだったであろう。

あの頃はコンビニが続々と出展してる頃でしてな。
セブンイレブン、ファミリーマート、ローソンはもとより、Kマート、チコマート、AMPM、サンクス、サンチェーン、ニコマート、ミニストップ、コミュニティストア、スリーエフなどなど、知ってるのはこのくらいか。
さて何店残ってるでしょう。










セガの「北斗が如く」ってネタゲー企画に見えるけど、ガチ真面目企画だったらしい。
売上重視の。
な、なにかがちがうような気がする。

さて、ネタにつまったら昔話だす。
上京した頃だから、太古の昔。

ブルーフェラチカを探して浅草さまよったあの頃。
わしにとって秋葉原は電化製品の聖地であった。
当時の先端家電はビデオデッキ。
初のアキバで店回ってクソ安いの購入した。
値切ろうとしたらビタ1文まからなかったが。

こんなに古くはないが大昔の秋葉原。


やがて数年後にファミコンなどゲーム機に手を出し、テレネッツに入った頃はついにX6800を入手。
そして毎週アキバ参りをやっておったな。
駅前のあやしい店ではハロゲンランプが灯り、パーツ屋ではサカナのように紐でくくったMSX2+が数機吊るされていたが、売り物だったのだろうか。
だがすべて過去の幻。

再開発されたアキバにもはや面影はない。
ロケットもアイツーもナカウラもとうに消えてしまったし。
昔はアキバにヨドバシ来ねぇかななどと考えてたが、よもや吉祥寺にまで来るとは思わなんだ。

ところでアキバの消えた店の情報探してたら色々見つけたが、2000年以前の情報ってなかなかないモンだな。

この辺がわしの時代の情報にニアミス。
パーツショップ栄枯盛衰(前編)
パーツショップ栄枯盛衰(後編)

懐かCM。











1983年。立原麻衣、当時16歳デビュー作のセリフ。

↑画面黒いけど2回クリックすると再生します。

2月最後の日。
なんか2月終わるの早ぇな。

昔の友人の誕生日が2月29日でしてな。
4年に1回しか歳を取らない男だった。
疎遠になって数十年。
生涯会うこともなかろう。

ヤツの職は犯し屋。いやお菓子屋。
犯し屋ケンちゃんという裏ビデオがあったな。

てなワケで緩い昔話のコーナー。

1977~1988年、VHSとベータマックスがシノギを削っていた時代。
世に言うビデオ戦争

当初、家庭用ビデオ機器は規格が乱立してたが、VHSとベータの2強に収束されたそうですな。
わしはVHS一択だったのでベータはよく知らない。
明暗をワケたのはエロビデオではなかろうか。

VHSはエロビどんと来いだったのに、ベータはエロをためらったのだ。
アホかい。

わしが洋ピンを見たのもVHSである。
ガキだったわしは、いきなりパツキン女のポコ・マッサージを見て衝撃を受けたものじゃ。
ミートボールとかカウボーイ・ジョンとかスキンタイトとか。
今じゃネットでいくらでも転がってるが。

エロを制するのもがビデオの勝者、ちゅう事で現代ではネットワークですな。
もう二度とあのワクワクは味わえなかろうけど。










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