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大雷音寺日記ログです。
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ハワイの神官にレイオフさんという人がいるけど解雇されそうな名前だな。

それはともかく。

昔話の日である。 それも昭和の太古の昔。

わしがはじめて東京で務めたのが飯田橋にあるデザイン事務所。
よもや5年もここで社内イジメにあうとは思っても見なかった。
よく届け物のパシリに行かされたが、その道中で見たのがこの建物。



ハドソン東京事業所である。
この時はゲームなど興味もなかったので、なんかおかしなビルがあるとしか思わなかった。

ある日、助け舟のように新興ゲーム会社との縁ができて、とっととデザイン事務所を後にする。
1人孤立してイジメにあう社員は自分が悪いと思いこんで、メンタルが悪循環になるのだ。
早いとこやめちまえばよかったんだが考えが至らなかった。

わしが行った新興ゲーム会社はアイジーエス。
はじめておじゃました時はシャンカラのシミュレートの最中であった。
12時近くまでサビ残があったり泊まりも当然のブラックな勤務環境だったが、イジメ会社に比べると天国である。
そしてファミコンすっ飛ばしてPCエンジンのゲームの開発となった。
おお、やっとちょこっとハドソンと繋がった。

いつかあの市ヶ谷のビルに行く事もあるかと思ったが、全然なかったわ。
アイジーエスは1年で辞め、次に行ったのがテレネッツ。
わしよりちょっと遅れて入社したのが元ハドソンのプログラマーSだった。
夜、一緒に行った飯屋でハドソンの中○氏(レジェンド級プログラマ)と接近遭遇。
「げっ、中○だ!すまん、オレ隠れる!」
そう言ってSは巨体をテーブルの下に隠して飯を食う。
器用な奴め。
テレネッツは神楽坂にあり、市ヶ谷のハドソンに歩いていける距離。
生息域がかぶっているのだ。

なぜSがああもハドソンの元同僚と関わるのを恐れたのか?
それはメガドラのゲーム開発が頓挫した頃に明らかになる。
開発が佳境にさしかかろうという頃、連日会社に来ないSは会議室に呼び出された。
とうに開発メンバーから愛想を尽かされてたSは会議室で吊るし上げられ、上司に灰皿を投げつける。
その後会社を退職するが、PC98一式盗んで逃走。
こういう不義理やっとるから元同僚とも顔を合わせられんのだろう。
わし的には結構いいやつと思ってたので残念であった。

ちゅう、微妙にGDGDな日記でした。








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今日はプチ昔ゲー話だす。

「PCエンジンのダンジョンエクスプローラー?その頃は幼稚園でした」
「幼稚園の頃セーラームーンにあこがれてました」
「はじめて見たガンダムはZガンダムで、小学生だった」

などと言う同僚達と仕事をしておる。
おじさんはめいっぱい脱力するしかない。
ちなみにダンジョンエクスプローラーの頃は、わしはファイナルゾーン2を開発してたわ。

ダンジョンエクスプローラー2の開発者は元同僚。
わしの描いた天使の詩タイトル画面見て解析しとったらしい。
業界狭いね。

ダンジョンエクスプローラーは、この画面から始まった。

内容はガントレットのパクいやインスパイアだが。

アブドラ・ザ・ブッチャーの入場曲ソックリと言われるBGMでもどぞ。

なかなかよい曲です。










am11;00 小腹すいたので菓子パンでも食うか。
pm03;00 うむ空腹感がないので昼ヌキ、夜までナニも食うまい。
pm04;00 ハラ減った。死ぬ。カップ麺でいいから食うぞ。
わしは満腹中枢がいかれてるのか。

それはどうでもいいとして。

昔やったような気がするのだが、もう忘れたからいいや。
かのテレネッツグループのウル……狼隊。
早稲田に会社があった頃じゃ。

ゲーム屋は昔からブラック企業なので深夜でも当然のように仕事は続いている。
無給でな。
狼ビルの夜。社員は食事に出払っており、狼隊社長と女子事務員のみという状況。

「なぁわしとドッキングせぇへんか」
「な、なにをするんです!やめてください!!」

あろう事か本当の狼となってしまった狼社長。
そこへ社員たちが戻ってきた。
未遂で終わったが、社員たちは社長の狼藉を関係各社にFAX。
なんという信頼性のなさ。

ソレを聞いたテレネッツ社長。
「誰かソープに連れてってやれ」

いや犯罪なのだが……。
前世紀の企業モラルなんてこんなモンか。
今だと倒産まで追い込まれますな。
狼社長は、今ではどこで何をしているのか行方不明。










お花のデンドロビウムをぐぐるとガンダムだらけになるので勘弁してくれ。

ガンダムつながりでバンダイミュージアム昔話だす。

そう遠くない昔、松戸にバンダイミュージアムがあり、かのMSイグルーが上映されてたですよ。
ガンダムSEEDデスティニーの頃だから……じゅ、14年前……。
うっ、めまいが……。

当時、このHPで知り合った何人かで行きました。
気の狂ったジオラマとか射撃ゲームとか、ガンダムの腕に乗れる実寸上半身モデルとか色々ありましたわ。



写真はギズモードジャパンより。

そこにはザクの開発過程の映像などもありましてな。
フレームむき出しのザクが構造材にタックルかましてるCGを見たわし。

ああ、コレコレ。


……巨大ロボットは現実には存在できないな。
などと夢のない事を思っておった。

数本のシリンダーで支える足首の負荷を思うと、カーボンナノファイバーでもムリだろう。
逆にザクの運動性能を実現できる金属があるとしたら、もはや破壊不可能じゃなかろうか。
戦車の砲撃で壊れるぐらいだと歩くこともできまい。
そうか、メカむき出しのモビルスーツは部品からしてビームの高熱でなければキズひとつつかない素材なのだ。

でも「時間よ止まれ」で兵士が手に持った爆弾1コでガンダムシールド吹っ飛んでたな。
やっぱジオンの兵器が変態なのだ。










ワコールが狂った。

この微妙な絵は初代ときメモ的な。
既に投票は終わっているが、別にどうでもいいや。


今の会社に入った当初だから2……なんでもないずいぶん前。
バスに乗ってると日立社員の会話が聞こえてきた。
三鷹には日立アロカメディカルという医療機器の会社があったのだ。

日立社員「1ギガビットのROMが出ましてね……」

時はまだスーファミの天下。
32メガビットROMがもうすぐ出ようかという頃。
1ギガバイトのHDが10万円の時代だ。
既にテクノロジーはずっと先行ってたのだな。
たぶんその後の数年間のコストダウンで、ゲームソフトに搭載できるようになったのだろう。
つってもニンテンドー64の時でも最大512メガビット。
DSでやっと2ギガビット。
ちなみにセガの32Xは32メガビットなのだ。

2メガビットで大容量と言われてた時代が1986年。
ニンテンドーDSが出たのが2004年。
ギガビット時代に18年を要するのだった。

でもPSの1994年以降、ゲーム機は円盤主体になり誰もビット数なんて気にしとらん。
つまらんのぅ。










今日は大昔のCGがお題だすよ。

むかしキャノン販売のCMにマックス・ヘッドルームが登場したのだが、年寄りにしかわかるまい。


マックス・ヘッドルームとは、1984年のイギリスのTVドラマである。

ちゃんと見たことないのだが、結構ハードなSFドラマらしい。
CMのせいで、てっきりコミカルなやつかと思ってた。
当時のCGはマシンパワーもオペレータのスキルも今のように充実してないので、かなり荒いモンだった。
マックスヘッドルームに登場するCGキャラは、なんと特撮だとか。

役者に髪やしわを消す特殊メイクを施し、コントラスト高くなるように衣服も反射しやすいやつにして撮影したらしい。


その数年前の1981年。
メタルギアのスネークの元ネタ映画であるニューヨーク1997。
コレのワイヤーフレーム映像は、ミニチュアに輪郭線描いた特撮なのだ。


CGの予算が高かった頃は、特撮でCGぽくするのが一般的だった。
そんな状況でもモノホンCGをブチこんできたTron(1982)が、いかにバケモノ映画だったのかわまりますな。











隔週でルンバに部屋の掃除させとります。

ヤツは進行方向にホコリ置いとくと避けるんだが、なぜだ?
そして掃除が終わって電源ドックに戻ろうという時、障害物でドックを見失いしばらく混乱してさまよっておった。

それはどうでもいいとして。

スイカをいじってて思い出した昔話だす。
お題はROMカード。



もはや滅びたメディアだが、ゲームソフトにROMカードというのがありましてな。
ROMカートリッジの一種でようするにICカード。
かさばるカートリッジ形態の流通上負荷とユーザーの収納性の解消を狙ったブツだが、PCエンジンでつかの間の栄光を見た後CD-ROMに駆逐された。

コレはハドソンと三菱樹脂が共同開発したBEEカードが先祖にあたり、世界初のメモリーカードだったらしい。
MSXで7本出してしんだ。

同じ頃セガのSG-1000とSG-3000用にマイカードというメディアも登場。
開発も三菱樹脂でBEEカードとほぼ同じ機能だったが互換性はなし。

セガマーク3にも専用マイカードが採用されたが、拡張性のなさからROMカートリッジに主権が戻る。

だがマーク3にはわしの知らないカードメディアもあった。
EPマイカードという、書き換え可能なブツで、なんと販売店に書き換え機を置いて安価で新ゲームを配信する計画があったそうだ。
でも実験だけで終わってしまった。
ちなみにファミコンディスクの出る以前の話で、先見の明がありながら沈没するというセガらしさである。

その後PCエンジンのHuカードが2メガビットという当時の大容量で登場し、最終的に20メガビットにまで拡張するのだが(CD-ROMがあるのに)、その時はスーファミの天下で時既に遅し。
ROMカードはたぶんHuカードを最後にゲーム用メディアから消えた。
セーブ用メモリカードはゲームメディアじゃないので別モノね。

ちゅうカードの歴史ダイジェストでした。

今日の成果は……。
インド人の線画を修整しただけだす。
OPIを直してるだけで終わってしまった。

服乗せるベースね。

休みはあと1日なのに、コレで何か進むのか?
実は月曜は墓参り。










もう2月も終わりだからラブライブカレンダー2月のやつキャプった。

「5万でどうかしら」などと言ってるのではあるまいな。

それはともかく。

昔々の神楽坂。
テレネッツでメガドラの企画が頓挫した後、走るワガマンマーのチームが解散して再結成する時にわしも入れてもらった。
それこそが、エグザイル~時の狭間へ~を作ることになるチームである。
当時まだ企画が決まっておらず、作りたいゲームのイメージのコンペやったり、いっそカイの冒険をPCEに移植しない?などと企画書作られておった。
他社ゲー移植とかムリだから……と、部長にもっともな事言われてカイは消えた。

さて、パソゲーのエグザイル2を元に、コンシューマーゲーム向けにPCE版エグザイルは開発認可された。
知ってる人も多いがパソゲーのエグザイルシリーズと言えば主人公はイスラム異端派アサシンの一味であり、パワーアップに麻薬を使うのだ。
これはアサシンが、ハッシシ(マリファナの精製物のひとつ)を吸引して、その恍惚感のうちに暗殺をするという事を拡大解釈してあぶないクスリ全部ブチこんだ設定。
開発チームでは、とにかく麻薬どうすんべぇと話し合っていた。

良い子もプレイするPCエンジン。
うんこならともかくクスリはやべぇので代替手段が考えられた。

今も当時も、海外で認可された薬が日本では不認可というのがけっこうある。
その昔、日本で不認可薬を使う場合、患者の血ィ抜いて薬にひたして再び体に戻すという苦し紛れの方法もあった。
今じゃやらんだろうけど。
そこでコイツをヒントに、プレイヤーキャラのHPを抜いてクスリ漬けにしてストックし、ソレを麻薬アイテム代わりにしようと考えられた。

承認会議を控えた昼休み。
事件はおこった。
ソバ屋でメシくってたわしらエグザイルチーム。
別の席に社長発見。
なんかイライラしとる。
店員呼びつけて何か言うてるが、どうやら注文が来ないらしい。
ミスでオーダー通ってなかったのだ。
「もういいッ!!!」
と、大声立てて社長は出ていった。
一同吐きそうになった。

その後の承認会議はリーダーのN氏が代表で出席。
「昔は血を売ってカネに変えた人もいたんだッ!!!」
と、社長に微妙に噛み合わないクレームつけられてHPアイテム化は即効没。
メシ食えなかったから部下に八つ当たりである。
またアイディア出さねばならなくなった。

マムシ酒の毒は胃から吸収されると、体内でアルコールとともに解毒される際に体を活性化するちゅうのを見たわしは、じゃあ危ない生き物漬け込んだサケ使わね?と言ったものの、イスラム教徒はサケ飲まんのであった。
結局、生物から抽出した毒を使おうとなって英語表記のあやふやなアイテムとして登場。
よく見るともろに麻薬の名前が出てたような気もするが、何10年たっても文句はつかない。
そいうモンだろう。










わしのゲーム歴はPSPで止まっている。
最新ゲーはダンジョンエクスプローラー 〜盟約の扉〜である。

それはどうでもいいとして。

さて、またまたテレネッツ薄い昔話をいたします。

神楽坂のフロアにテレネッツがあった頃。


当時、PCエンジンのダンジョンエクスプローラーがテレネッツの一部で流行っており、深夜残業(昔はデフォルトでこうだった)時に発狂する声が響いておった。
マルチタップつなぐと5人プレイできたのだよ。
一際目立ってたのが、ずっと前の日記に出したスタイリッシュ男S。
今じゃ中学生の子持ちだ。うっ。

彼は実は不運なタイトル所属が多く、PCエンジン版デスブリンガーが初仕事だったと思う。
アレはプログラマの人が問題ありでしてな。
社内随一のプログラマに言わせると誤字脱字でバグるそうで。
ものすごいバグ抱えて発売され、ユーザーサポートに怒りの電撃が何年経ってもかかってきた。
キャラの名前によっては途中で積むやめとこう。

そして、キングオブクソシュー・レギオンも同じプログラマである。
コレのメカデザインは、かのスタジオぬえの加藤直之氏。

わしがメガドラの未発売ゲー担当だった頃、企画者に実に見事な原画を見せてもろたです。
だがデザインも世界観もゲーム内には生かされず、発売後はクソゲー界の王となったのだ。
それゆえか、加藤直之氏のプロフィールには一切記述がない。
たいへんな黒歴史である。
本人に聞こうもんなら怒りでバーサーカーに変貌するやもしれん。


あっまだ売ってやがる!

ヤメロー!!










春一番が吹いておったな。だがこんな光景は見なかった。


ワタシは面積が人より広いので飛ばされそうだったわ。


昼休みもなかったので日記ネタも打てない。
真冬の夜の夢でも置いときますわ。

中世の世界。
どっかの王様とメシ食ってサケ飲んだあと殺し合いする夢見た。
なんかの試合だと思ったが、二刀流で盾はなし。
メシ食った仲のせいか、お互い遠慮しながらカキンカキン戦う夢であった。
目覚ましのせいで試合強制終了。
どういう意味の夢なのだろう。

グラディエーターみたいなヨロイや幅広で短い剣などディテールに凝っておったよ。
石造りの建物や木のテーブルと、石畳の闘技場(?)も。
……なんで起きてる時こういうデザイン思いつかないのだろうな。










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